大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10984号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕そこで、被告の主張する本件接触と本件激突およびこれによる幸久の死亡との間の相当因果関係の存否について検討を加えることにする。

被告は本件接触が極めて軽微であつたというが、<証拠>によると、被害車は本件接触の際非常に大きな音を発したこと、接触地点付近から激突地点にかけて被害車のウインドガラスの破版が散乱していることが認められ、本件接触が極めて軽微であつたと言うことはできないが、反面幸久が運転能力を喪失する程強大であつたと認めるに足りる証拠もない。次に被告は幸久の運転技倆が拙劣であつたという。幸久が無免許であつたことは当事者間に争いないのであるが、<証拠>によると、幸久は免許を受けるため運転技術を独修し、一応の運転が可能であつて、しばしば無免許で運転していたことが認められるから、幸久の運転技術が全く拙劣であつたとは言えない。けれども、免許を所有していない以上、通常免許所有者の有する程度の技倆を有していたと認めることは、その点について特別の立証のない本件では困難であり、免許所有者に比較し、やはり幸久の運転技術は未熟であつたと推測するほかはない。けだし免許制度がある以上無免許者の運転能力は、それを有していたと主張する者において立証すべきものと解するのが相当だからである。

ところで、<証拠>によると、被害車は電柱にその前中央部を激突させ、大きな音を発してフロントガラスは全壊して落下し、エンヂンは運転席に押出され、ハンドルは曲損して、大破の状態となつていることが認められ、本件激突時における衝撃の強き、従つて激突前の被害車の速度が著しく早く、制動を充分かけていなかつたことを物語つている。証拠によると、本件接触点から激突地点までの距離は約一五米あることが認められる。これと前示認定の事故発生状況に鑑みるときは、被害車としては、被告車を発見後接触し激突するまでの間に減速、転把、停止などの方法により、少くとも事故による損害を可及的少くすることが可能であり、場合によつて死亡という結果の発生を阻止することが出来たのではないかとも考えられる。然るに、証拠によると、被害車の運転者幸久は若干左へ転把しつつ接触し、そのまま左へ前進して本件激突を惹起していることが認められるのであつて、充分な制動と電柱への激突を避けるための転把を行つたとする状況は、証拠上、これを認めるに由ないのである。原告は、本件接触の衝激により、幸久の運転能力が喪失された旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。のみならず、かりに運転能力を喪失していたとするならば、接触前の高速と幸久の運転技術未熟がその原因であると推測できるから、いずれにしても、本件事故回避措置不適当の過失が、幸久にあつたことは否定できない。けれども、この場合、幸久が通常の免許取得者であつたならば、必ずかかる事故発生を完全に防止し得たと断言することも、以上に認定した事故発生状況からみて、その点について特段の立証のない本件においては困難である。

ところで、一般に、ある過失行為に起因して直接他人の生命、身体、物件等の侵害という結果が発生している場合、その原因と結果との間に自然的な相当因果が存在し、その因果の連鎖を断ち切るべき何らかの外力の存在ないしは結果発生の必然性を阻止すべき特別事情が一応認められないならば、右過失と侵害との間の相当因果関係の存在は一応これを推認して差支えなく、にもかかわらず、相当因果関係の不存在を主張する者が、その不存在事由につき相当程度の心証を惹起するに足りる反証を提出すべき責任を負うものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前示の如く、幸久の運転技倆が完全とは言えず、事故回避措置も又適当とは言えなかつたのであるが、かりに幸久が免許所有者であつたならば、完全に本件激突を避け得ることができたかというと、必しもこれを認めるに足る立証はなく、湯沢の過失と幸久の死亡との間には一応の因果的な関連が立証されているとみるべきであるから、被告車の運行従つて本件接触と被害車の本件激突および幸久の死亡との間の相当因果関係は、これが存在しているものと推認するのが相当である。(安田実)

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